社会の変化が私を育てました。
図らずも鍼灸を学ぶことになり教員資格も得て、10年間、鍼灸を受け入れられず、好きになれず、とても定年までは勤められないと、どこかに活路を見いだそうともがいていました。
昭和46年(1971年)、「鍼灸とは何か」という答えを自分自身のために見いだすために鍼灸の研究の道に入りました。
そしてその年の夏、中国の針麻酔報道があり、全世界の医学界が、鍼灸を注目することとなり、インデックスメディカスに登場してくる論文数が、年間に10編前後であったものが、一気に100~200編に急増しました。
鍼灸を取り巻く環境が一変しました。