私は生活信条として、基本的に自然体です。
それは、学長をしているときも「学長の西條です」という言い方をしませんでした。
学長という立場で、教員に、学生にお話しをしなければならないときには
学長という立場でお話しをします。
しかし、学長という権威でものは言わない。ということです。
いつでも西條一止として生きてきました。
もう、15年近く前に鍼灸治療をしていた女子高校生がおられました。
私がNHKの生活ポットモーニングに出演したとき、
彼女が、先生、テレビでここにおられるときと同じでした。
安心しました。といったのです。
当然のことですが、テレビなどで話す西條と普段の西條は違うのかと思っていたようです。
しかし、私は演技もします。
教師としての西條一止は、元気のない状態で学生の前に立ちません。
教師は学生に夢を与え、意欲を育む存在でなければなりません。
そういう存在であることができるよう演技し努力します。
職場から自宅に帰るときには、職場で不快なことがあっても
玄関前までにそれを飲み込みにこやかにただいまを言う演技をします。
生活の信条とは別に環境条件をより良いものにするために
人間社会では演技が大切です。
しかし、演技は生き方を偽るものではないことです。