バカになることでの社会貢献という変なタイトルで書こうとしています。

皆、一生懸命に、どうしたら自分の力を発揮して、少しでも発展的に生きられるかと考えています。
しかし、一方で「船頭多くして船進まず」、船頭一人に任せておけ、他の人は黙っている方がよいといいます。

幕末の長州藩主は「よきに計らえ」といって、自らは「判断を示さなかった」ことが、多くの志士を育て、明治維新に貢献したともいわれます。

社会生活をする生き物がつくる社会は、会社は、学校は、皆、集団としての機能を持ちます。
集団の構成員には、役割があります。
集団の各人が役割を守ることで集団としての秩序が保てます。
それぞれの状況の中で役割を知ること、役割を演ずることが、時に「バカになる」ことを求められることがあるのかと思います。

 「集団の秩序」を維持するために「バカを演ずる」ことでの貢献もありそうです。
その時は力を抜いていいのですね。
必要とされるときのために充電するチャンスでもあるかもしれません。

いつでも張り切り続けることはない。
必要なときに張り切る力を準備している。
錆ついてはいけない。
「バカを演ずる」ことと「錆ついて機能低下する」ことは全く異なることです。
と考えると気持ちが楽になり、生き易くなるのではと思います。
「泣き言」が少なくなるかもしれません。

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