母は、我が子がどんな立場にあろうと守ろうとする。
その母の気持ちの、尊さへの危機
母の我が子への虐待、などなど、痛ましい事件が続きます。
雄リーダーが支配する動物の群れでは、リーダーが変わった時に、新しいリーダーによる子殺しは、多くのところで観察されています。それは、できるだけ多くの自分の子孫を残すために、子どもを殺し、その母親が早く妊娠可能な状態にしようということと考えられています。
母は、その子を守り育てることが、本能として伝えられてきたと考えられてきました。
母が、子どもに危害を加えるというのは、いのちを育もうとする「命の歴史」にてらしておかしいことです。
社会が、母の本能に根ざす感覚を誤らせていると考えなければならないと思います。
何と悲しいことでしょう。
シングルマザーの子育てが普通にできるわけではないことを認識しなければなりません。
しかし、シングルマザーが現実に生まれてくる社会になってきています。
個人の選択の自由が、優先しています。
子どもが自立できるまでは,親が子育ての責任を持たなければならないという責任を思い出せないのです。
しかし、シングルマザーが普通に子育てをできる社会の受け入れる仕組みになっていないのです。
おばあちゃんがというような特別に恵まれた条件がないと難しいのです。
そこに悲劇が生まれます。
私たちひとりひとりが考えなければならない問題です。
社会にその仕組みがないのに、子育てをするという現象が生まれています。
親になることは子育てを保障しなければなりません。
本能を自己否定しなければならないことほど辛いことはないはずです。