アカデミー特別講義 2017年7月30日 大阪会場

   「自然鍼灸学による実践的臨床理論と実際」

                                    東洋医療臨床技術大学校アカデミー学長

                 元筑波技術大学学長 名誉教授

                        医学博士 西條一止

はじめに:学ぶ仕組み

○ セレンディピティ                              

 Serendipityという:偶然のチャンスを生かせる才能という言葉があります。

 自分が注目しているものだけを見るのではなく、目に映るものを見られる、耳に聞こえるものを聞くことができるのは、心のあり方です。

 頭を特定のものに占拠させないことです。頭に考える余裕を持たせることです。電車に乗っている間中メールを見ている。駅でメールを見ながら歩いている。また、エスカレーターを立ち止まって乗れないでせかせか歩いている。

 自由で創造的な生き方。ノビノビした心の自由こそが大切です。せかせかしないことです。立ち止まって周囲を見回せることです。そこに人を思いやれる心が生まれ、Serendipityが育まれます。

 脳科学者、茂木健一郎さんは、Serendipityを高めるには、行動、気づき、受容であると書いています。

 まず行動して出会いのチャンスを多くする。チャンスに気づくこと。気づいたらそれを受け入れる受容です。

 自分自身が一方的に知識を、技術を吸収することのみに走る人には、Serendipityは無縁です。鍼灸師、柔道整復師として相応しくない、本校には必要のない人です。

 自然と共に生きる心は、経験医術としての自然療法の心です。21世紀社会が求めている心です。皆さんは、まさに21世紀社会が求めている心のあり方、生き方を実践しようとする環境に今入られ、皆さん自身の人生にしようとしておられます。豊かな人生が展開されます。

○ 大切な情報の獲得:自分の目で本物を見分ける。勉強こそが命。

 私の新聞の見方:私は新聞を三通りに見ます。

 その一は、通常に記事を読みます。

 その二は、テレビ番組を見て必要な番組を予約録画をします。そして自分で見ることができる時間に見ます。

 その三は、本の広告を見ます。

○ 自分の手法を見つける

  色々な情報を活用できるように自分のものにする手法を見つける。

○NHK BS1 6月16日放送

「プラシーボ ニセ薬のホントの話」制作BBCイギリス2014

 ニセ薬や手術のふりにも問題がある。ウソをつく。プラセボ効果を得るには、本物だと思い込ませなければならない。

6-1 ウソをつかずにプラセボ効果を期待するには

 ハーバード大学(アメリカ)は、2010年プラシーボ効果を利用した生活改善をテーマとした研究を開始した。テッド・カプチャク(ハーバード大学教授)

は、そのプロジェクトの責任者である。「この20年くらいでプラシーボ研究は爆発的に増えましたが、やるべきことはまだまだあります。その一つは、プラシーボ効果を研究して、人々がより健康に生きられる方法を見つけることです。」

 教授はプラシーボ効果について基本的な仮説に疑問を投げかけました。

 プラシーボ効果を得るためには患者は本当にだまされなければならないのか。

 リンダ・ボナーノは、16年前からIBS:過敏性腸症候群に苦しんでいます。症状があまりにひどいときには外出をためらうこともあります。彼女は他の80人のIBS患者と共に実験に参加することになりました。

 薬を手渡されるとき、これはニセ薬だがあなた「の自然治癒力」で効くかもしれない。と。えっ、ニセ薬、私は医療助手の勉強を終えたばかりで、効くわけないじゃないと思いましたが、分かりましたといい、家に帰り服用を始めました。そして3日後、痛みが消えていることに気づいたんです。おなかは痛くないし、しょっちゅうトイレに駆け込むこともなくなりました。それまで抱えていたひどい症状が全部消えてしまったんです。こんなことあり得ないと思いました。まさかニセ薬で症状が治まるなんて。

 ニセだと分かって薬を飲んで、症状が改善した被験者は、リンダ一人ではありませんでした。結果を見て驚きました。予想を超える数字でした。ニセの薬

で症状が十分軽減した人は62%でした。何も飲まなかった人は30%程でした

から、大きな違いです。しかし、この実験は数週間で終了しました。ニセ薬がなくなるとリンダの症状は再発します。

 リンダ「ニセ薬の服用期間は3週間だったと思いますが、その間は快調でした。服用をやめると症状は全部戻ってきたんです。落ち込みました。」リンダはニセ薬を手に入れようとします。しかし求められませんでした。有効成分の入っていない薬でなぜ症状が消えたのか。

 カプチャク教授たちの研究はそれを解明するには至っていません。しかし、一つの仮説を立てました。

 「医師たちの診察を受け、1日2回薬を飲みすることで身体が何かを認識し、健康になっていったのではと考えられます。私たちの身体は、自分が意識的に感じている以上の何かを感じ取っているのです。」

 リンダ「なぜ効くのか分かりません、きっと何か理由があるんでしょう。私は症状を全部消してくれる何かを求めているんだと思います。強く望めば望み通りになるということでしょうかね。」

 ニセの薬が効いた理由は謎のままです。小規模で短期的なこうした結果を基に本物の薬をニセ薬に置き換えても良いということにはもちろんなりません。とはいえ、この結果は、「だまされないと効かないというプラシーボ効果の前提条件とされてきただまされないと効かないという考え方に疑問を投げかけました。」

6-2 では医師が患者への接し方を変えるだけで患者にプラシーボ効果をもたらすことは可能なのでしょうか。

 その答えを見つけることが私たちの身体の自然治癒力を解明する鍵になるかもしれません。

 カプチャク教授は、実験を計画しました。

 過敏性腸症候群の患者たちが、実験のために集められ、2つのグループに分けられました。

 第1のグループでは鍼灸師と患者のやりとりが厳しく制限されました。鍼灸師に患者との会話を禁じたのです。鍼灸師は名前を名乗りこれから鍼治療をすることと患者とコミュニケションをとらないことを要請されていることだけを患者に告げます。

 第2のグループでは鍼灸師が患者に思いやりのある態度で治療を施しました。治療する際に暖かくサポートする態度を見せます。病気によって生活がどう変わりましたかとか。家族や友人との関係や病気が仕事にどう影響していますか、などと聞くんです。

 治療が上手く行きますなどと患者が前向きになるような言葉もかけます。効果はあります。症状が軽くなることを願っています。

 この実験は医師と患者の関係がプラシーボ効果をもたらすかを調べるものなので、両群とも本物の治療は行いません。患者には鍼治療すると伝えますが、皮膚に刺すことのできないプラセーボ鍼です。

 症状が十分に改善されたと答えたのは、

 第1のグループは42%

 第2のグループは62%でした。

 この結果から医師と患者のやりとりがプラシーボ効果を非常に大きくすることがあるといえます。

 カプチャプ教授の研究は医師が振る舞いや言葉遣いを変えるだけでプラシーボ効果を生み出す可能性があることを示しています。

  ハーバード大学のプロジェクト研究はまだ始まったばかりですが、このプラシーボ効果を利用すれば、薬や手術などの効果もより高めることができることを示唆しています。

 アベリストウィス大学クリス・ビーディ

 プラシーボ効果があるということは間違いありません。

 極めて懐疑的だった人たちでさえ、今は、プラシーボ効果があることを認めています。プラシーボ効果など作り事と決めつけていた20,30年前からすれば状況は変わりました。

 私たちにかつてないほどの健康をもたらした薬や手術ですが、それらは単独で作用しているわけではないのかもしれません。

 ハーバード大学教授カプチャク

 プラシーボ効果はあらゆる医療行為と密接に関わります。最初から最後までずっとですね。

○NHK ガッテン 7月12日放送

 「ひざ痛がついに解消!関節を滑らかにする3分ワザ」

1 自然鍼灸学とは

 ① 体が持っている自然の仕組みを中心とした、実験的に明らかにされた理論による治療法である。

 ② 体の治す力を中心とした全身療法である。

 ③ 体の力と環境の力との関わりを大切にした、再現性の高い確実な結果を出せる治療である。

2 刺鍼時の自律神経反応

 ① 骨格筋まで刺鍼し雀啄刺激をすると基礎的反応として

  副交感神経機能亢進、交感神経β受容体系機能抑制が起きる。

 ② 交感神経α受容体系機能は、重力との関係で刺激により機能を高める。3 副交感神経、交感神経の反応の仕組み

 ① 副交感神経機能は刺激受容の場は皮膚である。基礎的反応としてその機能を高める。生体の中で、副交感神経機能は、呼気時にその働きを高め、吸気時に働きを低下させている。これは臨床的にきわめて重要なことである。したがって、副交感神経機能を高めるには生体の呼気時に刺激を与える。M4は、この上に発展した「体の治す力」を高める仕組みである。

 ② 交感神経系機能は、重力との関わりが大きい。休息姿勢でその機能を低下させる。したがって、交感神経機能の緊張を緩めるには、臥位時に治療する。また、その緊張を高めるには活動姿勢で治療をする。

Ⅰ 自然鍼灸学 基本的治療の体系              

1 治療法の構成                              

① 主訴に対する治療

② 身体の治す力を整える治療

③ 未病の徴に対する治療

 この三つを総合する治療。

2 基本的治療と治療の実際

      必要な治療が書き出される。

 基本的治療

   1 M4                      :治す力

   2 腹部の治療                :未病の徴

   3 深層背筋の治療            :未病の徴

   4 2,3以外の歪みに対する治療  :未病の徴

   5 主訴に対する治療              :主訴

   6 M4                          :治す力

  実際の治療パターン

   治療の実際に合わせて組み立てる:治療姿勢の位置を決める。

     1 M4                          椅子坐位

   2 仰臥位

   3 伏臥位で

     4 側臥位で頚部の治療

   5 長坐位でM5の治療

   6 M4                          椅子坐位

 治療の順序性、疾患の特徴などによる治療パターン

A  最も通常の治療パターン:治療の実際

 1 M4         浅刺・呼気時・坐位の刺鍼 7呼吸回

 2 仰臥位で(背臥位)

     腹部の治療、      腹部刺鍼  寸3、02番10本

    基本的治療⑤        M6:合谷−孔最、三里−三陰交1Hz、15分。

    基本的治療④        局所パルス療法:三里−三陰交1Hz、15分。

              太衝の置鍼。

               M6

 3 伏臥位で(腹臥位)

     背部の治療       背部刺鍼:Th8〜L3の間に多裂筋、最長筋              に各3本。

    基本的治療⑤        局所刺鍼:大腰筋、中殿筋、足底筋、10分間置              鍼。

    基本的治療④         次への置鍼

 4  側臥位での頸部治療。  風池、天柱、C5、寸3、02番ゆっくり刺鍼。

 5 長坐位でM5治療、   ここでは治療なし。

 6 M4                 浅刺・呼気時・坐位の刺鍼 10呼吸回

3 治療の道具:六つのメカニズム

 臨床からの六つの治効メカニズム:治療の道具です。

① M1  刺鍼による組織破壊。破壊された組織が自然免疫を高める。

② M2   骨格筋への刺鍼による筋緊張の緩和と血液循環の改善

③ M3   骨格筋への刺鍼、雀啄刺激による交感神経を遠心路とする体性−      内臓反射 

④ M4   体の治す力・調節力を高める。浅刺・呼気時・坐位の刺法

 以下の⑤と⑥は、低周波治療器を用い1Hz通電をする。

⑤ M5 姿勢は長坐位で行う。合谷ー孔最。適度な緊張を作る。  

⑥ M6  姿勢は仰臥位で行う。合谷ー孔最。解けにくい過緊張を緩める。

4 基本的刺鍼技術

① 姿勢

 背筋を伸ばす。

② 腕の構え

 力を抜いて、ゆったり構える。

 手関節を真っ直ぐに伸ばした状態。背屈、屈曲をしない。  

4-1 押手の基礎

① 安定した押手をつくる。

 母指、示指の圧を適度につくる。皮膚を押す圧を適度につくる。

② 臨床における押手

 母指、示指の圧を自由に変えられる。皮膚を押す圧を自由に変えられる。

 押手の基本は、皮膚に触れる程度に軽い押手。特に筋は押さえない。筋は押さえられると反発し収縮を起こしやすい。特に腰部の刺鍼では、鍼を受ける人は腹式呼吸になるので腰部の上下運動を妨げてはならない。軽い押手である。

4-2 刺手の基礎

① ゆったりと上肢の持続的な圧で刺入する。手関節のスナップを動かす波状に力を用いない。

② 鍼を持つ母指、示指は腕の力を鍼に伝える役割であり、刺入圧には用いない。

③ 細い鍼の刺入では、押手、刺手で鍼のたわみ(曲がり)を上手に補正する。

④ 呼気時刺入を身に付ける。

⑤ 筋が緊張しているところはひびき感覚が起きやすい。前揉ねつなどで緊張を和らげると良い。

5 部位による特殊な刺鍼

    1 深層背筋の刺鍼

  2  背部の棘突起から15mm外方の外側にある筋緊張に対する刺鍼

  3 肩甲下筋の刺鍼

  4 大腰筋、中殿筋、足底筋の刺鍼

  5 腹部の刺鍼 

6 21世紀が求める、治療の科学的理論

  ① 自律神経機能観察法

   心拍数で観察する自律神経機能

    1 心拍数の構成

    2 自律神経機能の特徴:互いに支え合う

    3 自律神経機能の機能分担

    4 姿勢と交感神経

    5 呼吸と副交感神経

 ② 刺鍼・手技の時に起きる自律神経の生体反応

     1 基礎的反応

         刺鍼時の自律神経反応は、副交感神経機能亢進、

                 交感神経β受容体系機能抑制

     2 臨床的反応

           副交感神経反応:呼気時が良く反応出来る。

     交感神経β受容体系反応:臥位時が良く反応出来る。

          M4:呼気時、活動姿勢が関与する。

               身体の治す力を高める。

           M5,M6:休息姿勢、活動姿勢が関与する。

                M5は、身体に適度な緊張を高める。気管支喘息、偏頭痛に         用いる。

M6は、自律神経機能の解けにくい過緊張を解く。

Ⅱ 治療の最も重要な部分についての理論と実技

1 M4の実際を行う。身体の調節する力・治す力を高める。

1-1 M4-1 副交感神経機能主体のやり方

 被験者はリラックスして、身体の力を抜く。姿勢は椅子坐位。

 ① 外関を用いる。

 ② 感覚が正常な部。

 ③ 鍼は外関にごく軽く置く。圧してはならない。

 ④ 患者の呼気時に軽く切皮をする。

 ⑤ 鍼管を外さずに鍼管の頭を、患者の呼気時にのみ軽くたたく。

 ⑥ 痛みをつくらない。押手が動かないこと。刺激が強くならないこと。

 ⑦ 呼吸の回数で10回前後を標準とする。

 ⑧ 鍼管を外し、鍼を外す。

1-2 M4-2 交感神経機能主体のやり方

 被験者はリラックスして、身体の力を抜く。姿勢は椅子坐位

 ① 膝の上を左右、両拳で1分間、叩打する。

1-3 効果の確認

 ①  立位体前屈を行い、指床間距離を計測する。

  直立位から、両足を半歩開く。膝を曲げずに腰を屈曲し、腕を床に向かい 下げ、指先と床との距離を測る。

 ②  前後で比較する。

2 合谷刺鍼の実習

2-1 M5,M6等使用頻度が最も高い経穴:全身的に自律神経反応を最もよく起  こす。

2-2 使用鍼

 ① M5,M6では、原則として寸3、3番を用いる。1番でも可である。 

 3 刺鍼の仕方

 ① ひびき易いので前揉をする。 

  ② 押手は筋を押さえてはいけない。軽く。

  ③ 鍼の方向:第2中手骨の下に潜らせるように刺入。低周波通電では、示指が動く。

 ④ 刺入は慎重に、じっくり刺入。 

  ⑤ 刺入の深さ:骨格筋に刺入し鍼が安定して立つこと。

Ⅲ 刺鍼による副交感神経反応の仕組み:M4

   「物理的刺激による副交感神経反応の仕組み」

不快でない刺激 → 皮膚・皮下組織に

                ↓

    副交感神経機能亢進反応が起きる: すぐに元に戻る反応

                 ↓

刺激を呼気時に →↓

                 ↓

  身体内の副交感神経機能と同期し → 身体内の副交感神経機能が高まる                  ↑                                 ↓        

姿勢を坐位で   →↑                                        ↓       

                 ↑                                        ↓

  上記の高まった副交感神経機能に                           ↓

  交感神経機能が同調し          →  交感神経機能も高まる ↓        

                                              ↓           ↓

                                            両神経機能が高まる

  自律神経の調節機能の高まり、治癒力の高まり 持続反応

Ⅳ 刺鍼による交感神経反応の仕組み

 刺鍼刺激による交感神経の反応

① 交感神経α受容体系反応 

 刺激受容の場:皮膚

② 交感神経β受容体系反応

  刺激受容の場:筋

 刺激の仕方:筋に刺鍼し、雀啄刺激刺激、交感神経を遠心路とする体性−内臓反射

③ 筋、血管の緊張緩和反応

 軸索反射を主体とする反応 

Ⅴ 身体の仕組みによる臨床的反応

 M5・M6:閾値下刺激により誘起される交感神経を主体とする反応

 臨床的反応とは、刺激により起きた基本的反応(刺鍼刺激では,副交感神経機能亢進、交感神経β受容体系機能抑制、交感神経α受容体系機能亢進の反応である。)が身体の仕組みにより種々の反応に変化して起きる反応である。

 今回は、交感神経を主体とする自律神経機能に方向性を指示する刺鍼法である。

1 M5・M6(メカニズム5・6):閾値下刺激により誘起される交感神経を主体とする反応

1-1 目的:自律神経反応系に閾値下刺激を与え自律神経機能の変動し易さをつくる。

1-2 方法と仕組み:低周波治療器を用いて低周波通電を行う。

   合谷−孔最を刺激点として(左右に)1Hzで15分間を標準に通電する。

   合谷が主たる治療穴である。

   電極には寸3、2番の鍼を用いる。

     皮膚表面電極を用いてもほぼ同様の反応が起きる。

  低周波治療器により  → 合谷−孔最(左右):筋に収縮が起き針が動く強さ、

  1Hz15分間通電                 ↓     この筋収縮が自律神経機能の

                  ↓   閾値下刺激となる。

                                    ↓

                      身体の自律神経機能が変動し易くなる。

                       ↓                          ↓

   治療の    仰臥位で受けると      長坐位で受けると 

   受け方          ↓                          ↓

             解けにくい過緊張が          高めにくい機能が

             解け易くなる。              高め易くなる。

                     ↓                          ↓

   臨床      痛みの鎮痛、                      咳、気管支喘息、

   応用      緊張の緩和、いらいらなど         偏頭痛、うつ症状など

                                持続反応

2 M5,M6の実際

  ① 使用器具:低周波治療器

  ② 使用鍼 :寸3、1番 小さな子どもには1番(1寸)

 ③ 使用経穴:合谷(−)ー孔最(+)

合谷への刺鍼は、第2中手骨の中間部に取穴し、刺鍼の方向は、第2中手骨の下に潜らせるように刺鍼する。

  ④ 鍼は骨格筋中に5mm程度刺入する。

  ⑤ 通電は1Hz(1秒に1回の刺激)とする。

 通電により筋に収縮が起き示指が軽く動く強さ。通電を開始すると、最初に通電感が起きる、多くはこの時にはまだ筋に収縮が起きない。そこで大丈夫ですねと患者を安心させ、刺激をゆっくり強くし筋に収縮をつくる。決して強くしない。しかし 筋収縮が確認でき示指が軽く動く強さ。患者の手に力が入っていると指が動きにくい。力を抜かせる。

 ⑥ 通電時間は標準15分間、

3 臨床への応用 

3-1 M5

 気管支喘息の発作を止める。偏頭痛を前駆症状の段階で治療すると発作を抑えられる。

 うつ症状の患者に治療の最後にM5を10分間行うと身体に適度な緊張をつくり治療の効果が良い。

3-2 M6

 腰痛、頚肩腕痛など多くの痛みに対する全身反応として鎮痛効果を起こす。

 扁桃炎の発熱予防。身体の適応力を高める(時差ぼけ治療に応用)。

 臨床応用については治効メカニズムの後で次号以降で詳しく述べる。 

4 M5、M6の治療姿勢

4-1 M5の長坐位姿勢 

  長坐位という姿勢は、座椅子にかけ膝を伸ばした姿勢である。肘掛けのある座椅子を用いると良い。通常の椅子坐位では膝から下が垂直になっている。長坐位では膝から下が水平になっている。椅子坐位で低周波通電をすると脳貧血を起こすことがある。長坐位がそれを予防してくれる。

4-2 M6はベット上での通常の仰臥位である。

5 M5、M6の治効メカニズム

5-1 M5、M6の治療の違いは治療を受ける姿勢が違うだけで、刺鍼、通電は全く同じである。このことが極めて重要なことである。

5-2 M5、M6の治療の違いは、治療を受ける姿勢である。低周波通電は同じである。にもかかわらず、M5では、気管支喘息の発作を止められる。気管支喘息の発作が起きそうな患者にM6を行うと発作を誘発する。という臨床的に反対の反応を起こす。

 この臨床的な反応の違いは治療を受ける姿勢が導いていると考えるしかない。

  ということは、低周波治療器による治療は、特定の反応を起こしていないと考えなければ説明ができない。そこで可能性を示すのが閾値下刺激である。低周波治療器による筋収縮は1秒に1回の攣縮であるが、通常の筋収縮は強縮であり、筋の強縮は副交感神経機能抑制、交感神経機能亢進という自律神経反射反応を起こす。しかし、1秒に1回の筋収縮は、自律神経反射反応を起こさないのである。このことが閾値下刺激となり、自律神経反射は起こさないが、自律神経機能の変動し易さを起こしているものと考えなければ説明ができないのである。

6 M5・M6の治効メカニズム(2)

 臨床的反応とは、刺激により起きた基本的反応(刺鍼刺激では,副交感神経機能亢進、交感神経β受容体系機能抑制、交感神経α受容体系機能亢進の反応である。)が身体の仕組みにより種々の反応に変化して起きる反応である。

 M5,M6の1Hz刺激が閾値下刺激として作用し自律神経機能の変動し易さを作る。それがどのようにしてM5は、気管支喘息の発作を抑えられる。M6は、逆に発作が起きそうなときには誘発するという臨床的に反対の反応を起こせるのかについて述べる。

6-1 姿勢と自律神経機能

 仰臥位で横になっている休息姿勢と立位の活動姿勢とでは自律神経機能が全く異なる。

 臨床上極めて重要なことであり治療において治療を受ける姿勢を選択しなければならない。

 体位変換時の自律神経機能の変化を観察すると、

 臥位から立位への体位の変換により起きる自律神経機能の変化は、交感神経機能の高まりである。副交感神経機能は積極的には変化しない。立位、坐位の活動姿勢では交感神経機能が高くなる。臥位では交感神経機能が低下する。

6-1-1 立位、坐位の活動状態

 立位の状態は、活動姿勢である。坐位も活動姿勢であるが、臥位と立位の中間になる。交感神経機能は高くなり身体全体が活動的な状態になる。

 気管支喘息は、交感神経機能を高めにくい状態になっており副交感神経機能優位になり発作を起こしている。副交感神経機能を抑えてバランスを取るのではなく、高めにくい交感神経機能を高めて自律神経のバランスを調整するのである。高めにくい交感神経機能を高める方法として、びっくりさせても交感神経機能は一時的に高まるが治療的ではない。そこで閾値下刺激(M5、M6)を与えると自律神経機能が10分前後の時間で動きやすくなる。そのときに患者を活動姿勢にして置くと動きやすくなった自律神経機能が活動状態に対応して機能を高めてくるのである。M5、M6は、合谷ー孔最を用いて低周波通電をするが、この低周波通電を椅子坐位で行うと脳貧血を起こすことがある。そこで脳貧血を防ぐ手立てとして長坐位(座椅子にかけ下肢を伸ばした状態)で行うのである。通常の椅子坐位は膝から下が垂直で重力により血液は下方に引かれるが、長坐位で膝から下も水平にすることで脳貧血の多くは予防できる。当然完璧というわけではないから、背もたれのある仕組みで長坐位を工夫し注意深く行う。

  偏頭痛は頭部の血管の適度な緊張を保つためにM5の適応である。

 うつ状態の患者は、適度な緊張状態を身体につくるために治療の最後に10分間のM5が適応して気持ちよく治療を終えることができる。

 重力に逆らってという姿勢が身体の活動性を高めるのである。

 身体自身の力で反応を起こすのである。技ではなく身体の仕組みの活用である。「自然鍼灸学の真髄」の一つである。

6-1-2 臥位の休息状態

 臥位の休息状態は、解けにくい過緊張を解く適応である。解けにくい過緊張の状態にあると休息状態になっても、緊張を解くことができにくい。そこでM6を行うことで自律神経の変動し易さを作り、特に臥位の休息状態は、身体は重力などの影響から解放されているので自律神経の変動し易さを作る最も良い状態である。臥位の状態でM6を行い自律神経の変動し易さを作ると臥位の望ましい状態の自律神経緊張状態に身体自身の力で動いて行くのである。

6-2 自然鍼灸学の心

  自然鍼灸学は、身体の仕組みを活用することが大きな特徴である。

 M5,M6は、自然鍼灸学の大きな柱の一つである。

6-2-1  臥位か坐位かの仕組みをセットする

  つりの仕掛けのようなものである。ストレス社会は、過緊張を招く。したがってM6が主となる。しかし、身体の機能を上手に活用するにはM5の活用が必要である。

 現代社会では海外旅行が盛んになり、時差ボケは多くの人が経験する。欧米への旅行では10時間前後の時差ができる。身体が急激に移動することで地球時間と体内時計の時間とがずれてしまうために起きる。現地の地球時間に体内時計の時間をリセットして合わせる必要が起きる。体内時計は身体自身がリセットする以外にない。.毎日少しずつ動かして何日かかけて地球時間に合わせる。環境の変化に身体を合わせる適応力の力である。ここにM6、M5が活躍できる。自律神経機能の変動し易さを作るM6が適応である。30分、40分間M6を行う。現地の地球時間を身体が受け入れる。ここまでは自然の受け入れである。そして、ここにM5を10分間加える。身体が持つ活動姿勢の力の活用である。時差ボケ予防、治療がより効果的である。

 M6で身体の変動し易さをつくる、その上に、適応力そのものを強化するのが、身体の活動状態という機能アップした状態を活用するのがM5である。M6は休息状態という身体の機能をレベルダウンした状態であるから、活動状態にレベルアップした状態でのM5が活躍できる場が存在できる。疲れすぎている時などは時間をかけた方が良いのでM5はしない。

 ヒトの体内時計は地球時間よりも少し長くおよそ25時間である。私たちは毎朝、体内時計をリセットしているのである。この時に多くの自律機能が一緒にリセットされ調整されるチャンスをもらっているものと考える。毎朝の体内時計のリセットを上手に行うことが健康上手の大切なことである。自然鍼灸学は自然の仕組みの上にある。7 M5,M6を連続して使えるか

 M5,M6は臨床的に真反対の現象を起こす、偏頭痛は、M5が治療のエースである。緊張型頭痛はM6が治療のエースである。しかし、偏頭痛と緊張型頭痛の両方がある混合型頭痛というのがある。M5とM6を連続して使えるのである。偏頭痛は発作性の症状であるのでM5を先に行いM6を後に行う。

 なぜ連続して用いられるかということであるが、

 M5が適応する必要な緊張を高められないというのは、天井が下がっていて高められない、この下がっている天井を押し上げるのがM5である。

 M6が適応する緊張が解けないというのは床が盛り上がっていて低くなれない、この盛り上がっている床を平らにするのがM6である。

 起きている現象の場が違うために、単に上げ下げするということではないのが連続してできる理由である。

Ⅵ 自然鍼灸学でおこなう特殊な刺鍼

1 立位、歩行バランスをよくする腰痛鍼治療としての大腰筋、中殿筋、足底筋の刺鍼

1-1 大腰筋の刺鍼

 大腰筋刺鍼 2寸の3番を用いる  立位バランスを整える

① 刺鍼部位:上後腸骨棘の縦のライン。腸骨陵の横のラインの交点。これより半横指下がよい。第4第5肋骨突起の間を刺す。

② 押手をおさえない。

③ 刺手は、呼気時刺入。ゆっくり刺入する。

 ほとんど刺入感なしに刺入できる。

④ 10分程置鍼。通電はしない。

1-2 中殿筋刺鍼

① 2寸、3番の鍼を用いる。

② 腸骨陵の下方で中殿筋の過緊張を捉え、足先に向かい45度の角度で刺鍼する。

 刺鍼については何も問題はない。 

③ 立位バランスを整える。

1-3 足底筋刺鍼

① 刺鍼部位:足底でかかとの前方一横指。

② 1寸、01もしくは02番、細い鍼。

③ 押手をしっかりする。

④ 切皮は、1回切皮。

⑤ 1寸の鍼を半分は刺入する。

⑥ 立位バランスに重要な役割。

2 背部の刺鍼

 使用鍼:寸3、1番。

 背部刺鍼  身体が楽になった感じを与えられる

① 脊柱起立筋の解けない過緊張に刺鍼し緊張を少し緩める。

② 脊柱起立筋を良く触診し、刺鍼部位を決める。

③  7胸椎以下の最長筋とその内側での多裂筋、7胸椎から上の半棘筋を狙う。

 最長筋は、直接緊張に触れることができるので、触れて鍼の刺鍼点を決める。 標準的には、Th10、12、L3の高さ。

    多裂筋は、 次 、L4、L1、Th10、Th6、Th3の高さで棘突起の外方1.5cm の位置。

④ 背部の刺鍼は、肋間は避け肋骨部位で刺鍼する。肋骨に当てておれば肺に 刺鍼することは100%ない。

3 頚部の刺鍼

 側臥位での頚部刺鍼

① 側臥位で頚が楽な状態に枕の高さを調節する。 

② 押手を軽くする。押さえない。

③ 頚部を触診し、緊張している部分を確認する。 風池、天柱、C4もしくはC5の 外側の部分に集約されてくる。

 特に頚のこりが強い時には、適宜、鍼の本数、刺激の仕方を工夫する。

④ 寸3の02番。できるだけ細い鍼を用いる。頚の太い男性では寸6も。

  寸3を3〜3.5cm刺入することが大切。頚部の筋は深い。

⑤ 刺入は静かに十分に時間をかけて。3本の鍼を5分間かけて刺入する。

⑥ 緊張で硬い時には、無理に押し込んではいけない、硬いところでは鍼をし ばし留める。

⑦ 左右差がある時には、軽い方から始める。

⑧ 心地よさを提供する鍼にする。第一の売り物。

4 肩甲下筋への刺鍼

① 患者は仰臥位で、肩関節外転位。

② 部位は腋か中央。

③ 中指、示指を腋か中央に真っ直ぐ差し込む。腋か後面に肩甲下筋を押さえ る。

④ 寸6二番鍼を用い、中指、示指の間に鍼を置く。

⑤ 中指、示指で押さえている肩甲下筋に刺鍼し、静かに雀啄刺激。緊張が緩 むのが刺鍼抵抗の変化で確認できる。

⑥ 五十肩の夜間痛に良く効く。肩こりにも有用。 

Ⅶ 痛くない鍼治療への対策

 ① 刺鍼の基本

 ② 筋膜リリースについて

 西條式筋膜リリース法

  筋繊維に対し直角の方向に牽引する。

 光は横波、したがって膜に対して有効。

 音は縦波、したがって膜に緊張を与える負荷が必要。

  筋繊維と直角方向のしわは伸ばされやすい。しかし筋繊維と同方向のしわは伸ばされにくいのではないか。

  これはM4に匹敵する発見か。

Ⅷ 仙腸関節機能異常に対する西條式対策

「仙腸関節機能異常への新しい取り組み:西條法」

「直立二足歩行の大本を支える骨盤の仙腸関節と

              その働きとしての遊びの意義」

 2017年、私個人に誠に幸運な幕開け

  昨年の後半に「AKA博田法」に巡り会い勉強させていただいています。博田節夫先生が書かれた「AKA関節運動学的アプローチ」(医歯薬出版)は、専門書でとても内容が豊富な、臨床をしっかり踏まえられた書物です。簡単にマスターできる内容ではありません。特に、治療法は徒手による「技」です。「AKA博田法」を読むとAKAをやる、などと軽々しくいえないという気分です。

 私は、平成15年に腰痛を発症し、脊柱管狭窄症という診断を受けました。この時は家庭用低周波治療器を用い腰部と長・短腓骨筋の部分に導子を置き、コードをズボンの中に通し治療器本体はズボンのポケットに入れ、外出時も通電し続けました。1ヶ月でこのときは改善しました。

 平成24年に1月、3月、5月と3回、腰痛を発症しました。それぞれ1ヶ月で改善しました。しかし、3回も起きたので8月にMRI検査を受けたら第4,5腰椎間の椎間円盤がつぶれているといわれました。びっくりしましたが、しかし、痛くない時期もあるのだから、気を付けて生活すれば、痛くなく過ごせるのではないかと思い、注意深く腰が痛くなりそうなことは極力避けてきました。しかし、徐々に進行しているような気がして、昨年10月に筑波技術大学の「東西医学統合医療センター」の整形外科を受診しレントゲン検査をし、平成15年のものと比べ、多少進行しています。ということでした。リハビリを進められました。2回受けました。日常的な忙しさで、リハビリは2回で終了にしました。AKAに興味を引かれ住田憲是先生、片田重彦先生、土田昌一先生などの本も読みました。土田先生の「慢性腰痛は仙腸関節をリセットすれば治る」の「バランサーの役目を果たす仙腸関節p88〜92」というところにハッとしました。直立二足歩行で歩くときに下肢の動きよりも先に骨盤、仙腸関節に準備動作が起きるというのです。これは目の覚める思いでした。小さな関節が大きな関節を支配していると書かれていますが、体中の動作は小さな関節の準備動作のうえに起きていると考えると、直立二足歩行の大本を支えているのは仙腸関節です。

 これは自動運動でコントロールできる部分が大きいと考えました。

 「仙腸関節の機能異常、遊びを改善する自動運動の方策:西條法」

 仙腸関節の動きは前後への回転の動きと左右への滑りが主なところです。動きはわずかに0.5〜2mmといわれます。

1 前後への動きは腰の屈曲、伸展です。

 ① 腰の屈曲運動

 床にマットなどを敷き楽に仰向けに寝ます。両下肢を同時に膝・股関節を曲げ、両腕で膝を抱えおしりを上げるようにいっぱいに曲げる。息を吐きながら行い、いっぱいに曲げたところで3秒ほど維持し、ゆっくり戻す。3回行う。

 ② 腰の進展運動

 マットにうつ伏せに寝ます。両手を肩の外側に置く。ゆっくり肘を伸ばして腰を反らす。息を吐きながら身体の力を抜き、腰を反らし3秒程維持する。ゆっくり元に戻す。3回行う。これがきつい人は肘をついてでもよい。

2 仙腸関節の左右への滑り運動

 仙腸関節の左右への滑りは、イスに浅くかけて、膝を100度程曲げ、左右の膝を交互に前に、後ろにと動かす。膝をいっぱいに動かしたところで、1、2秒ほど維持する。足底を動かさないのがこつです。腰を軽く曲げた、腰が緩んだ姿勢でゆっくり行います。3回行います。

 タイトルに「私個人に誠に幸運な・・」と書きましたのは、この運動をした時、私の右腰にまだ違和感が残っていたのです。それが直後にすっきりととれました。それを自分で実感できたのです。

 駅の階段を降りるときに何かつまずきそうな不安感があり、手すりに手を置いて歩いていましたが、その不安感がなくなりました。

 仙腸関節のロックで歩行の準備動作がスムースでないことが不安感を作っていたものと思います。

 「AKA博田法」が示している中で名人でないとできない部分が当然あるとして、自動運動で患者自身ができる部分も大いにあるものと思います。それは多くの人に貢献できるはずです。

 仙腸関節機能異常のチェック法

 仙腸関節の機能異常をチェクするのはSLR:坐骨神経進展法です。仰向けに寝て膝を伸ばしたまま股関節を曲げるこれでチェックし、運動後にその効果を確かめます。

 AKA博田法で大切な注意点

 強い刺激が厳禁です。ゆっくりソフトにです。博田博士の偉大な研究を人々のため、私たちの治療技術に、患者自身のセルフケアーに生かす努力をしましょう。

 参考図書

「臨床鍼灸学を拓く」第2版  医歯薬出版   西條一止著

「臨床鍼灸治療学」第2版  医歯薬出版  西條一止著

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