恥ずかしいと思っているわけではありません。
むしろ勲章のようなものかと思っています。
長年東京およびその周辺で生活してきました。
そして先月、初めて歌舞伎座に行ってきました。
さる方にご招待していただきました。
国技館、後楽園、等々どこにも行ったことなしです。

人を対象とする実験研究は、お休みにしかできないのです。
休日こそが本当の仕事のかき入れ時なのです。
趣味が仕事か、仕事が趣味か。
そんな過ごし方をしてきてまもなく75歳です。
子どもに必要なことはディズニーランドには何度か通いました。
スケート、スキーも教えました。
家内はどうなったのでしょう。
全く私につきあい何もなしです。

家内と共にしばしの時間、伝統芸能の魅力を堪能してきました。
中村勘三郎さんの「守るだけでは伝わらない」に心を打たれたことを噛みしめながら、観劇しました。

何事も経験できるに越したことはない。
しかし何事も経験できるわけではない。
それぞれの人生を由とする以外にないということかなと思います。
私にとって今までの生き方を変えようという気持ちはないということです。

この1ヶ月間、百田尚樹さんの小説に恋をしていました。

「海賊とよばれた男」上、下巻(4月20日、27日の「土曜の一言」)
「夢を売る男」

 


「永遠の0(ゼロ)」



そして「出光佐三語録」(5月25日の「土曜の一言」)
でした。
心が震える思いをして過ごしました。
すばらしい時間でした。
私は研究者としての生活を始めてからほとんど長編小説を読みませんでした。
数年前の司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」が例外でした。

今回、大学の専任教授を退職したという気持ちの変化もあり、書店で本屋大賞第1位として大々的に販売していましたので、どんなものかと思い手にして読んだというわけです。
すばらしい時間をいただきました。
新幹線に乗ってもビールを飲もうという気持ちをも忘れて本を読む方に没頭します。
ビールを飲むよりも気持ちを誘われるものがあると、ビールはいらないというわけです。
そんな夢中になれる時間は、しかし一方でやはり仕事が停滞しました。
頭を支配されます。
研究者、臨床家、教育者としての生活は、常に頭のどこかで研究のことを、教育のことを考えているのです。
そのような時間の過ごし方が、新しいアイディアを生み、新しい構想を練り上げてくれます。
この一ヶ月間、小説に時間を割きすぎたという反省です。
大学の専任教授は退職しましたが、研究者、教育者としての生活は退職した気持ちではないのです。

電車に乗っても、駅の構内を歩きながらも携帯端末機を見続けている人たちの多いことです。
なにを見ているのでしょう。
テレビが普及し始めたときに「国民総白痴化」といわれました。
時間を頭脳を占領されるのです。
大変なことになるのではないでしょうか

出光佐三語録 木本正次著  PHP文庫

私は、失礼ながら「出光佐三氏に」惚れ込みました。
思い出すたびに胸がすきっとします。
すばらしい人がおられたものです。
本当に真剣に立派な事業をしておられます。

 「出光商会は、父兄に変わって若者を訓育する責任を感じている。」

寮をつくり社員教育を徹底してやっておられます。

「黄金の奴隷になるな」、「学問の奴隷になるな」、「出光は金を儲けようと出立したものではない」、「人間は、人間以外のものに引きずりまわされるな、その奴隷になるな」。

 などなどです。

これだけ自主独立の精神で我が道を進めたというのは奇跡に近いと思います。
しかし、その源泉は、出光佐三氏の揺るぎない精神と、社員教育による、鍛えられた社員たちの仕事ぶりが数々の危難を救ってきています。

「出光は人間尊重の道場である」という出光イズムが立派に存在できたすごい実績です。


近藤 誠医師が、長年見つめてこられたがん治療の実態を私たちは受け止めなければならないと思います。

がんではない「がんもどき」、多くの医療関係者も国民も気付いてはいません。
気付いている一部の人たちも社会の仕組みの中で埋もれていて声を出せないでいます。
しかし、真実は明らかにされなければなりません。
社会の声にしなければなりません。

本書を拝読しましょう。

5月の新緑が訪れてくれました。
心がふっくらしホッとします。
太陽の恵みに感謝です。
自然に感謝です。
自然は優しいだけでなく、厳しいのです。
地球の
46億年の歴史に何度もの氷河期があり、生物の大絶滅がありました。

自然の中で生きることは、決して易しいことではありません。

自然と共に生きることは、それなりの覚悟が必要です。
良いことばかりではないのです。
しかし、自然と共にあることが私たち生物のあるべき姿ですね。


脱原発も覚悟が必要です。私たちは常にそれなりの負担を負って必要なものを得なければならないのですね。

「腸をダメにする習慣、鍛える習慣」藤田紘一郎著、ワニブックス、PLUS新書。

寄生虫病の藤田紘一郎先生が健康について書かれました。

前書きの一部を引用します。

健康のために、私たちが最も気を使うべき相手は、「腸内細菌」であることが、近年の研究によって明らかになってきています。
腸を鍛え、そこに住む細菌たちを元気にしてあげれば、宿主である人間も元気になれるのです。 

「腸内細菌」とは、たくさんの幸せを授けてくれる愛すべき存在です。
・・・なぜ腸内細菌が元気なら、私たちも病気にならずにすむのでしょうか。

腸内細菌は、病原菌を排除し、食物を消化し、ビタミンを合成しています。
人が幸福感を覚えるとき、脳内はドーパミンやセロトニンといった「幸せ物質」が分泌されます。
その前駆物質をを合成して脳に送っているのも腸内細菌です。
また、人が病気にならないために、体内では免疫が常に機能していますが、免疫の働きは、およそ70%を腸内細菌が築いています。

というわけですが、

 第1章 腸をダメにする食べ方、鍛える食べ方。

 第2章 腸をダメにする食べもの、鍛える食べもの。

 第3章 腸をダメにする生活、鍛える生活。

の構成で、30項目にわたり述べられています。

食べ方、食べもの、生活。日常的な習慣の基本的問題です。
何々をする健康法ではなく、私たちの生活習慣をどのようにするかという問題です。
ノートをつくり知識を整理しなければと思っています。



この1週間、繰り返し繰り返し思い出します。
創作されたものは創作物です。
創作者のセンスにおもしろい、すばらしいと感激します。
しかし、歴史上に存在したものを素材としたものには、自分の身体で感動する。
創作物ではなく、自分と同じように生きた人の生き様は、強烈なパワーで迫ってくる。
身体が震える思いで受け止められる。

出光興産について徳山製油所などぜひ訪ねてみたい。

出光佐三創業者の信念は「人を大切にする」が最も中心にある。
その思いが社員をしっかり教育し、何事にも社員が団結して120%もがんばって仕事をする。
その社員の姿が関係者を動かしてゆくことが、出光興産の数々の窮地を救う大きな力になっている。
しかし、その根底には、揺るぎない、社長の先見性に基づく決断が常に存在することをつよく感ずる。
戦前、戦中、戦後という日本の最も厳しい社会において、独自の生きる道を国のためにという強い思いで貫かれた出光佐三創業者の人生に乾杯したい。

海賊とよばれた男:百田尚樹著です。


「ならん! ひとりの馘首(かくしゅ:首切り)もならん」

第二次世界大戦、敗戦の夏、異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造(くにおか てつぞう)は、なにもかもを失い、残ったのは借金のみ。
その上石油会社大手から排斥され売る油もない。
しかし国岡商店は社員(店員といっている)ひとりたりとも馘首せず・・・・。

出光興産の創業者・出光佐三をモデルにした本格歴史経済小説・・。

馘首なし! タイムカードなし! 定年なし! 

なにもかも失った経営者が命がけで守ったものは社員だった。

鐵造の父、徳三郎は染め物業を営んでいた。
徳三郎は鐵造を含む八人の子ども達に「一生懸命に働くこと」「質素であること」「人のために尽くすこと」の三つを厳しく教え込んだ。・・・。

鐵造はどんな困難に直面しても、原点を忘れず、決してぶれることなく、決然と権力に屈することなく立ち向かいます。

勇気を貰えます。
力が湧いてきます。
日本の戦後の大混乱の中を本気で生きています。

社員が財産、社員は家族。
それこそが命をかけて守るもの。

入学式のシーズンです。
桜が散ってしまうかと思っていましたが、つくばでは間に合いました。
やはり入学式には桜が似合います。
晴れやかで綺麗です。
人生の門出を飾るにふさわしい花ですね。

春は枯れましたと書きました。
やっと新緑が芽吹き心を温かくしてくれます。
うれしいことです。
そんなことに勇気づけられます。

私も人生の最終コースのスタート台に立ちました。
桜の花に送られて歩き出しました。

初めて学会活動にしても所属なし、の活動です。
懸案の研究も抱えていることもあり、今しばらく学会活動は続けます。
むしろ時間に余裕ができ心おきなく参加できそうです。

楽しい気持ちで過ごせる時間こそ宝です。
給料をもらうために仕事をするんではない、しなければならない仕事をするために仕事をするという気概を心情として楽しく縛られない仕事をしたいと考えスタートをしました。
皆様と楽しく過ごせる場としてここが存在できればと思っています。
今年度もよろしくお願いいたします。

平成25年度に入りました。
3月で宝塚医療大学の専任教員を退職しました。
専任教員としての所属なしの生活になります。
いよいよ年金生活ということです。
つくばでゆっくりしたリズムで生活できそうです。


50年近く鍼灸教育に専念してきました。
このたび「臨床鍼灸学オ拓く」、「臨床鍼灸治療学」を、数年間の教育に用いた経験から手直し、増補し2版として出版しました。
21世紀社会に鍼灸教育の原点となるものとして提案できるものになったと考えております。


これからはこの2書が主役で私はサポーターとして役割を果たそうと考えております。

4月から新しい一歩を踏み出します。
年を経て今年から後期高齢者医療のお世話になります。
年を経てできなくなることと、まだできることをしっかり見つめながら、生活をつくろうと考えております。
なにかに向かい努力しようという意欲は決して衰えたとは思っていないのです。
むしろそれがいろいろ邪魔するところもありますが、これは私の生き様です。
主張は代えることはできないのです。
そのような人生を送らせていただいた社会に感謝です。


誠実に生活の現場に向き合い人生のホームストレッチのコースに入りたいと考えております。お付き合いいただいております皆様に感謝申し上げます。

今年度の最後の一言です。筑波技術大学での「24年度学位記授与式」における私の祝辞です。

      祝辞

       「集団としての賢さを維持する一員として」

本日は、学位記授与おめでとうございます。
ご家族の皆様、大学教・職員の皆様おめでとうございます。
全国のあちこちで本学の教育、研究をご支援いただいている多くの方々も大変お喜びのことと思います。

さて、筑波技術大学の学位という肩書きを背に社会に巣立とうとする諸君に、はなむけの一言を送りたいと思います。

今年は、スポーツ界における体罰が大きな問題になりました。

体罰と暴力の違い。皆分かっているはずです。

怒る、誰にでも当然あることです。
怒らないことなど生きていたらあり得ないと思います。
しかし、体罰を必要と考えるときには、怒りの心を静め冷静に相手をよく見て行います。
事故など起こりません。
問題になっているのは、やはり怒りにまかせて、その勢いで手を上げているのだと思います。

日本女子柔道の代表団園田監督が、選手が集合時間に遅れてくるなどの時にとも語っています。
当然、何らかの指導が必要なときです。
桜宮高校でも副顧問の教員がいました。
しかし副顧問は顧問の教員に対して何も言えなかったといっています。

スポーツ競技は勝つか負けるかの戦いです。
オリンピックは参加することに意義があるといいます。
しかし実際は、金メダルなのです。
暴力が日常化しているのです。
今回キャプテンが自殺した桜宮高校で在校生、父兄の多くは顧問を支持しているような報道があります。
一流のスポーツマンになりたいと言う夢が、そのような素地をつくっているものと思います。

スポーツ界の体質を変えるのは容易なことではないと思います。
スポーツマンだけの問題ではなく、国民全体の問題なのです。
個人の力には当然限界があります。
集団としての賢さを求めて行くことが重要です。
個人として行き過ぎになりそうなところを集団として踏みとどまることができる賢さをつくることです。
集団としての賢さをつくるには、個人の責任を明らかにする体質です。
集団として問題点を指摘できることです。
これは勇気のいることです。
勇気をみんなが支持して育てることです。
事なかれ主義で見て見ぬふりをする。
学校におけるいじめも根は同じです。
問題ときちんと向き合おうとする気持ちを所属する集団の一人一人が持つことです。
見て見ぬふりは今の社会に蔓延しています。
一人一人が解決しなければという気持ちになって集団のメンバーにならなければ「賢い集団」になりません。
集団としての賢さを作れないことが問題を野放しにしているのです。

私たちは一人一人はそんなに強くないのです。
みんなの目がみんなの思いが一人一人を強くします。
なくさなければならないのは事なかれ主義です。

指導者の資質が最も重要です。
優秀な指導者を育てることこそが重要です。
しかし、立派な指導者と思われる人にも相性の良くないという関係が生じます。
そこを補える集団の賢さを集団を構成するメンバーがつくることです。
よその人ではありません。

スポーツの世界や厳しい競争が求められるところでは、闘争心と強烈な個性が存在します。
集団に所属する場を移動できる自由も必要です。

人間の社会は、あらゆるところが教育の、人を育てる場です。

家庭、学校、職場、集団には常に指導者がいます。

高杉 良さんは、「男の貌」(新潮新書)で、「リーダーの条件」として「リーダー本人がどうしても持っていなければならないその本質は、リーダーとして最終判断を下し、その責任を全うできるだけの「勁さ:つよさ」と、メンバーを包み込んで組織を束ねる「優しさ」につきます。」と書いておられます。
他の能力はブレーンとして求めれば良いとしています。

人々の生活で最も身近な指導者は親です。
子どもにとって両親です。
両親の教育レベルを上げること、教育の場において落ちこぼれなどの言葉が社会的に存在することが変ではないでしょうか。
全ての基はそこにあると思います。

個に対応できる、個がそれぞれ学べる教育の仕組みこそが根源ではないでしょうか。

「本気で生きる」ということは、見たままに、聞いたままに、いつものように、ではなく、見たものを、心の目で見直す。
聞いたものを、心の耳で聞き直す。ということです。

心の目で、心の耳でとは、自分の頭で考えるということです。
「集団としての賢さを維持する良き一員として」、一つ一つのもの事が本当の狙いは、目的はどこにあるのかを考えて、勇気ある行動ができることです。

今、世界も、我が国も大きな変革期を迎えようとしています。
時代は変わろうとしています。
何が本質か。
将来を展望した「本気の選択」を求められます。
小さな勇気ある行動が賢い集団を維持します。
心を鍛えましょう。

諸君の若い力に期待します。
諸君の未来が21世紀の行く末をしっかり支えられることを祈念します。
健康で生き生きと社会に巣立ってください。

316日土曜日、NHK21:00からの「ヒロシマ、復興を夢みた男達」の番組を見ました。戦後初の公選で広島市の市長となった浜井信三(42歳)さんの広島市復興にかける、広島市に命を捧げたドキュメンタリードラマです。
感動をいただきました。
人類の営々とした歴史においては、それぞれの場ですばらしい人物が登場し役割を果たしています。
歴史の場が、人を育てるということでもあろうかとも思います。
ご覧にならなかった方はぜひオンデマンドでご覧ください。


17日日曜日です。
とても良い天気です。
午前中に血圧の管理もあり、背伸びウオーキングに出かけ、洞峰公園に行きました。
ウグイスが鳴いていました。
ハッとしたのです。
我が家の周囲でも毎年、春にはウグイスが鳴きます。
しかし今年はまだ鳴いていません。
洞峰公園で鳴き声を聞いてハッとしました。
ウグイスが鳴くんだったということを思い出したのです。
嬉しいウグイスの鳴き声でした。


春がようやく謳歌しています。

何と寒い2月、3月でしたでしょう。
2月1日には、我が家の庭の白梅が例年咲きます。
ケヤキの芽吹きが始まり、樹形がくっきりしてきます。
2月、3月は日々に自然の変化を感じさせる時期です。
ところが今年は、まるで自然が枯れてしまったように沈黙し続けました。
とても寂しさを感じさせました。
ここに来てやっと暖かい日が訪れたと思いましたら、突然、4月、5月の季候、気温が25度を超えて真夏日だといいます。
1日のうちに気温が20度も変化します。

どう考えても変です。
おかしいです。
しかし、誰かが操作しているわけではないのです。
誰かが人工的にやっていることであればやりようがあります。
自然の力がおかしくなっています。
これは容易なことではありません。
3月10日はつくばは黄砂で大変でした。
外に駐車している車など至る所にべったりと黄砂がつきました。

20数度の気温でやっと写真のように梅が咲きました。
梅は1本の木の花が桜のソメイヨシノのように一気に咲かないのですが、今年は一気に咲きました。

やっと春が動き始めました。

こんなに日々の気温が大きく変化するとそれに対応する生活習慣が必要になります。

ここ数年間、週の半分をホテル生活し初めて悟りました。
大阪、ホテルから帰り、私の部屋の椅子に座り知りました。
ここに座っていることがとてもいとおしいのです。
寝たくないのです。
じっと座り、周りの本を眺め、唯それがとても心を和ませてくれるのです。
ここにいたいという思いを持たせます。
もうこの部屋に20年以上住み着いているのですが、ホテル生活を通じ学びました。
とても幸せな空間であることを。

4月からホテル生活を終わりにします。
ホテルに1拍以上はしない生活にします。

人生最終コースに入り、私にこんなすばらしい空間があることに感謝です。
私の空間です。
誰にもこんな空間が必要なのではにでしょうか。
いずれ一人で旅立つ日のための心の準備をする場はこんな空間ではないかとの思いがします。
人生の幸せを静かに思います。

しかし、ここは私の最大の友であり、支援者です。
今しばらく癒やしを受けるだけではなく、中村勘三郎さんの「守るだけでは伝えられない」。
という言葉をいただいての仕事をここから発信したいと考えています。

初めてインフルエンザに罹患しました。
先週、適塾を見学し寒かったという話をしました。
そこで風邪を引いたようです。
熱に浮かされる中で緒方洪庵さんにお会いしてこいというメッセジーだったようです。
木曜日に適塾を見学し、金曜、変だなと思い過ごしました。
土曜日は本格的に変になりました。
夕方には全身がこわばったような疲労感が起きました。
日曜日の午前中の飛行機で帰宅しました。
とても体調が変なので、寒さで風邪を引いたなと考え、暖かくしてベットにもぎり込みました。
蓑虫みたいに布団の中にいると気になる症状もないようで眠り込んでいました。
月曜日の朝、目覚めて立ち上がるとふらふらするんです。
変だと思い体温を測ると38.8度です。
これは変だと思い、近くの診療所に行き検査したら、A型インフルエンザでした。
寒さで風邪を引いたところにたまたまA型インフルエンザウイルスがいたのですね。
お世話になったというわけです。

インフルエンザの処置をしていただきました。
ベットに潜り込んでいました。
一昼夜で熱は下がりました。
インフルエンザはこの段階で終了したのだと思います。
身体のけだるさ、頑固な咳が残りました。
2月30日、気温が上がりました。
すごく体調が良くないんです。
高熱を発して、体温調節中枢指揮下の身体のあちこちが回復していないようです。
もう一つ頑固な咳、この咳は、私のウイークポイントなのだと思います。
それが立ち上がれないんです。
夜中に1時間間隔ほどで咳発作を起こします。
咳が止まらないと、だんだんに息苦しくなり、呼吸困難を感じ不安感が高まります。
気管支喘息の患者さんの気持ちがよく分かりました。
そこで思い出しました。
歩けば楽になるんだということです。
すぐ立ち上がり部屋の中を歩きました。
楽になります。
納得と思いました。

病気は、種々のことを教えてくれます。神様です。

司馬遼太郎さんの小説などで身近な存在として適塾を感じていました。

昨日、思い切って訪ねました。御堂筋線梅田駅の隣の淀屋橋駅を下りて5分程のところです。こんな近くにあったのかとびっくりしました。

1838年に緒方洪庵29歳で大阪の瓦町というところに「適塾」を開設しました。
1845年に現在の適塾のところに移転しています。
1942年に緒方家と日本生命保険株式会社協議の上で国(大阪帝国大学)に寄付されました。
1976年に文化庁により解体修復工事が行われています。今は大阪大学の管理で重要文化財です。

1862年に閉鎖されるまでに入門者は全国各地から集まり千人にも達したとされています。

明治時代を背負う多くの偉人を輩出したわけですが、塾生の勉強は他塾とは比較しえぬほどはげしいものがあり、福沢諭吉は自ら述懐して、凡そ勉強ということについては、このうえにしようも無いほど勉強したといっているとのことです。

ヅーフ部屋という名の部屋がありました。
ヅーフ辞書がおいてあった部屋です。
長崎出島のオランダ商館長ヅーフが作成した蘭和辞書です。
適塾に一部有り、塾生は奪い合って使用したそうです。
塾生たちの熱気を受け止めたく訪ねましたが、満足でした。


管理室だけは暖房してあるのですが、そのほかは暖房が無く、頭は熱くなるのですが、畳はものすごく冷たく、靴を脱いでいるので足が凍りそうでした。

洪庵は八重さんという女性と結婚しますが、八重さんは13人の子供を産み、9人が立派に成長しています。

1945年(昭和40年)、我が国で理学療法士、作業療法士がスタートした年です。
鍼灸、手技の世界も資質向上、教育レベルの向上が叫ばれていました。
このとき、鍼灸の教員として
26歳で職業人生をスタートしました。
1971年(昭和46年)、東京教育大学の助手として研究者として本格的にスタートした時、中国のハリ麻酔報道がニューヨークタイムスにより世界に発信され、世界の医学界の注目を集めました。
世界的に鍼灸への関心が高まり、大学、病院のどこかで鍼灸についての研究が行われるという状況になりました。
鍼灸の研究の推進、教育レベルの向上が叫ばれ、鍼灸も高等教育機関時代が到来し、
1978年(昭和53年)に我が国初めての鍼灸の高等教育機関として明治鍼灸短期大学が誕生します。現在の明治国際医療大学です。
1983年(昭和58年)には4年制の明治鍼灸大学に昇格します。
1987年(昭和62年)、国立大学として筑波技術短期大学がスタートし国立大学の鍼灸学科教授大1号として私が赴任しました。私は49歳でした。
1999年に61歳で当短期大学の学長になり4年制大学の昇格を目指し大学をあげて努力するわけです。

1971年のハリ麻酔報道による社会的気運の高まりは、いろいろな状況に影響し、NHKテレビで番組として取り上げられることが多くなりました。
2005年頃まで、約30年間そんな時代でした。

 NHK「クローズアップ現代:アレルギーに効いたーハリ治療最前線ー」

  1994615日放送

NHK「ニュース7」:鍼、1994921日放送

NHK「ためしてガッテン」:第1回、私がゲストでした。1995329日放送

NHK「生活ほっとモーニング」には、毎年数回出演しました。

ここ数年間はNHKに鍼、つぼなどの番組はほとんど放送されません。

社会の関心の度合いは全く低下しています。

このような社会の状況が、鍼灸学校への応募者減を招いています。高等教育への進学率が高まり医療関係職種への関心が高くなることが、逆に医療関係であるようで保険診療に含まれない鍼灸への関心を低下させています。

鍼灸の学校は学校数が増えたけれども、このところ日本全体での入学者数は減少しています。
今こそ、鍼灸教育の資質向上を図り、本来の魅力を高めなければならないときです。
しかし、鍼灸学校は、応募者を増やす方法として「スポーツ」、「美容」などの人気を活用するなど、本来の鍼灸教育の向上からは離れたところにしか目が向いていません。
この船団はどこへ向いているのかしらという思いです。
生涯を教育、研究、臨床の資質向上を目指してきた私の目標とは異なるようです。
人生の方向だけは間違えないよう選択します。

泣いて馬謖を斬る。
三国志で馬謖は若い武将です。
師の諸葛孔明は馬謖の将来を期待していました。
しかし、馬謖は合戦で先陣を急ぎすぎ味方に隙をつくります。
この馬謖を孔明は泣いて斬ったということです。
馬謖の勇猛と時と場が一致しなかったのです。


スポーツの世界でも名選手が誕生した例として仰木監督とイチロー選手など多くの例があります。しかし一方で有名にはならないけれども将来有望な選手が潰れていったケースは、成功したケースの何倍も何十倍もあることと思います。

指導者の資質が最も重要です。優秀な指導者を育てることこそが重要です。

人間の社会は、あらゆるところが教育の、人を育てる場です。

家庭、学校、職場、集団には常に指導者がいます。

高杉 良さんは、「男の貌」(新潮新書)で、「リーダーの条件」として「リーダー本人がどうしても持っていなければならないその本質は、リーダーとして最終判断を下し、その責任を全うできるだけの「勁さ:つよさ」と、メンバーを包み込んで組織を束ねる「優しさ」につきます。」と書いておられます。

立派な指導者と思われる人にも相性の良くないという関係が生じます。


スポーツの世界や厳しい競争が求められるところでは、闘争心と強烈な個性が存在します。
所属する場を移動できる自由が必要です。

しかし、人々の生活で最も身近な指導者は親です。
子どもにとって両親です。
両親の教育レベルを上げること、教育の場において落ちこぼれなどの言葉が社会的に存在することが変ではないでしょうか。
全ての基はそこにあると思います。

個に対応できる、個がそれぞれ学べる教育の仕組みこそが根源ではないでしょうか。

教育年限を一定に決め、教育内容を共通に決め、学習能力に差のある子ども達を集団教育をするでは落ちこぼれを作る仕組みです。
我が国の教育はそんな仕組みです。
ここの改革こそが原点です。

勁:ケイ(漢)、キョウ(呉)。意味。つよい。つよく張ってたるみがないさま。

常用漢字にはありません。

体罰と暴力の違い。皆分かっているはずですね。

怒る、誰にでも当然起きることです。
怒らないことなど生きていたらあり得ないと思います。
しかし、体罰を必要と考えるときには、怒りの心を静め冷静に相手をよく見て行います。
事故など起こりません。
問題になっているのは、やはり怒りにまかせて、その勢いで手を上げているのだと思います。

園田監督が、選手が集合時間に遅れてくるなどの時にとも語っています。
当然何らかの指導が必要なときです。
桜宮高校でも副顧問の教員がいました。
しかし副顧問は顧問の教員に対して何も言えなかったといっています。

スポーツ競技は勝つか負けるかの戦いです。
オリンピックは参加することに意義があるといいます。
しかし実際は、金メダルなのです。
暴力が日常化しているのです。
今回キャプテンが自殺した桜宮高校で在校生、父兄の多くは顧問を支持しているような報道があります。一
流のスポーツマンになりたいと言う夢が、そのような素地をつくっているものと思います。

スポーツ界の体質を変えるのは容易なことではないと思います。
集団としての賢さを求めて行くことが重要です。
個人として行き過ぎになりそうなところを集団として踏みとどめられる賢さをつくることです。
集団としての賢さをつくるには、個人の責任を明らかにする体質です。
集団として問題点を指摘できることです。
これは勇気のいることです。
勇気をみんなが支持して育てることです。
事なかれ主義で見て見ぬふりをする。
学校におけるいじめも根は同じです。
問題ときちんと向き合おうとする気持ち、気力です。
見て見ぬふりは今の社会に蔓延しています。
一人一人が解決しなければという気持ちになって集団のメンバーにならなければ解決になりません。
集団としての賢さを作れないことが問題を野放しにしているのです。

私たちは一人一人はそんなに強くないのです。
みんなの目がみんなの思いが一人一人を強くします。
なくさなければならないのは事なかれ主義です。


上記の本は、講談社現代新書です。
著者は大野典也(おおの つねや)東京慈恵会医科大学名誉教授の先生です。
DNA医学の専門家です。 

第一部 免疫とはなにか、病気とはなにか

 遺伝子レベルでの解説を実にわかりやすい例を引用し解説されています。

第二部 がん治療の最前線

 遺伝子レベルでのがんを解説しています。 

第三部 「自家幹細胞」が拓く未来

 夢のような医療を具体的に最先端研究の例を引いて解説されています。

176頁からの引用です。
「もちろん生体が本来持っている修復能力は、何でもかんでも無制限に治せるようなものではありません。
修復に必要な部品がなかったり、生体のコンディションが悪ければ、せっかく持っている力が発揮されないこともあります。
そこでうまく機能させるためには、外側からのコントロールが必要になります。
ここでいうコントロールは、修復作用がしっかりと行われるように部品になるステムセルを送り込んだり、それが問題のある場所で使われるように環境を整えることです。
つまりこの治療における
医者の役割は、生体にもともと備わっている修復能力を最大限使える環境づくり行うことだといっていいのかもしれません。」

ステムセル:自家幹細胞です。

医者の役割:環境づくり 未病の治療。全身状態を良くするメカニズム治療です

最先端医療における鍼灸臨床の役割です。   

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